山崎はるかのメモ
試薬類(薬品)の処分方法
自分が危険な薬品持ってて、それを捨てたいとき
●はじめに
ダイアモンドアプリコットの埼玉県・草加研究室には、本職の関係もあって、いろんな化学物質がある。
特に それぞれの雑誌(マジメなほう)で ケミカルな原稿を書くときは、かならず そのカテゴリーを実験してから執筆に入らないと、あとで「そこ違うんじゃないか?」と 私より・よっぽどアタマのいい教授殿やドクター様からクレームが入る。だから 1回こっきりの原稿であっても、いちいち試薬類を購入して、チェックをかます。
真空アスピレータのうなり声を聞きながら、ロータリエバポレータ(高純度蒸留装置)のゆっくりとした回転をながめ...そして ガラス管の中の 毒々しい色の液体が、ゆっくり流れて 一滴・また一滴と フラスコの中に落ちていくのを見ると、まことに マッドでサイケデリックな気分を味わえる。
これでできた液体を 多摩川水系のダムに ビーカー・一杯分 流せば、東京都民の半分を コウモリかネコに進化させてしまえるような...ぶへへへへへ、という倒錯な感覚を楽しめるのだ。
インスタントコーヒーを電熱スターラーにかけて、磁石の棒(回転子)が中でカラカラまわるのを みつめながら沸かすというのは、マッド・ケミカリストのお約束のようなものだ。
(慣れないと 回転子 もろとも飲んでしまうから 注意が必要だ。私は二回ほど クチの中に入れてしまった)
(ちなみに 私は底に磁石をつけた専用マグカップを準備し、その中にビーカーを入れるように工夫している)それはともかく。
普通は、1回で使いきる量を試薬屋から購入して、ドラフトチャンバー(空気清浄装置)の中で開封・余った試薬は、完全に中和した後・希釈して下水に流す。
現在では、草加研究室も PC関係の仕事のほうが増え、サーバ増設の折り、ドラフトチャンバーを撤去してしまったため、なにか実験したいときは 友人の研究室を間借りしている。
ベンゼンなど 揮発系を 草加研究室で扱うときは、窓を開け放し「ベランダチャンバー」にしているが、いまのところ近所から苦情はない。
そもそも 異臭騒ぎになりそうな薬品は、ドラフトチャンバー撤去のおり すべて中和しておいた。ところが 今回・研究室の模様替えをしている最中に、とんでもなく あぶねー 薬品が発見された。
●どないするんじゃ、コレ
発見された薬品は「臭素」。量は500ml。
薬品名・Bromine 化学式 Br...79.0 融点 -7℃、沸点56℃ 試薬としての価格は500mlで だいたい¥5,000。
もう、そのまんま どっから どう見てもブロモそのものである。これがまた なかなかにラジカルな物質で、空気中に0.6ppm存在するだけで その空気に触れると 皮膚がヤケドする。
強烈な酸化剤で その作用は理論上・塩素より弱いが、実質的には かなり手強い。
酸化剤だからと 揮発した空気にリトマス試験紙をかざすと、変色どころか「まっしろ」に漂白される(笑)
それを見たら 誰でも「こりゃ、やべー!」となる。
大気汚染防止法に指定されるぐらい 存在そのものが公害なのである。
とてもじゃないが ベランダチャンバーしながら 中和できるシロモノではない。
さらに、これが いかに危険な薬品かというのは、試薬ビンの さらに外側を、専用のプロテクター容器で保護していることからも明らかである。
「パリン」と 落として割ろうものなら、半径200mが立入禁止である。ただ、この臭素。
きっちり 取り扱えば、非常に便利な薬品である。
その 触媒もいらないぐらいの ハイパワーな反応力により、なんでも「臭化○○」にしてしまえば、あとでBr のついた部分を 水酸基に置き換えたりできる。
つまり 薬品の分子を 予定デザイン通りに合成させる手段としては、とても便利な「薬品コンバータ」になるのだ。
薬品の分子デザインは 電子ブロックの要素があるが、この「臭素」は 万能コネクターみたいなもんだ。
これをなくして、いまの 日本の医薬品・プラスチック工業・不燃材は語れないのである。
私が 臭素を購入したのも、この反応力に魅力を感じていたからだ。とはいえ。
うちには すでにドラフトチャンバーはなく、あったとしても その数十倍の水酸化ナトリウム水溶液に ポタ...ポタ...と滴下して中和するなんてことしてたら、揮発した臭素で チャンバーが痛む。
冷却ドラフトチャンバーは 友人の研究室にはない。
もう 私じゃ 手におえない。
さて、どうするべー。
●方法を考えてみる
中和できないとなったら、どうするか。
とりあえず 天然チャンバー「海」というのを考えてみる。
そもそも 臭素は海水を蒸留して生成するのだから、海に流しても そんなに生態系は狂うまい。
だが どうやって?埼玉には海がねーぞ。
それに なんか法律にひっかかりそうだ。では コインロッカーに 置き去りにするか。
うむ、それも いい方法かもしれないが、危険な試薬には ビンに製造番号が記載されている。
シリアルと製造時期で、現所有者がバレバレになる。
これも できねーな。では シリアルを削って、電車の中に 忘れ物にして...まちがいなく全国報道になるぞ、こいつわ!
サリンは神経毒だが、臭素はびらん性揮発剤である。その効果は 勝るとも劣らない。
未開封でも「そこに置いた事」が大問題になるのが日本だ。
臭素自体は年間14,000トンが製造されているが、成分から追跡されたらオオゴトだ。じゃ、いっそ、警察に宅配便で 送りつけるか?
科学捜査研究所だったら 大喜びかもしれんな。
いんや 運送法にひっかかるから、大喜びする一方で、捜査の手が 私まで伸びる。しかたねー、公的機関に判断を仰ぐことにしよう。
●処理方法は自治体によってまちまち
通常、所有者が所有権を放棄したものは「ゴミ」である。
ゴミである以上、管轄は「市区町村」の清掃センターである。
ほとんどの市区町村では、有料・無料で粗大ゴミの回収を格安で行っているし、ひょっとしたら 試薬も処分してくれるかもしれない。
ゴミのプロフェッショナルである彼らに電話すると、「いやー、試薬はですねー、やっている自治体もけっこうあるみたいですけど、原則・販売業者や試薬組合が処分するんですよー。そっちに聞いてもらえますかー?え?処分業者ですかー?それは それらの機関に聞かないとわからないですねー。」
なるほど、試薬類の処分は 試薬屋や試薬業組合が 業者に依託してやっているわけだ。
では、試薬メーカーに聞いてみよう。
「試薬の処分ですか? まー、うちの製品なら うちでも有料で引きとってますけどね。どっちにしても産廃業者に直接交渉したほうが早いし安いですよ。え?料金ですか? うちも業者も 有料ですよ。その業者・紹介しましょうか?」
なるほど、試薬の処分は 産業廃棄物処理業者に依託するわけだ。
考えたら そりゃ そのとおりだな。
というわけで、試薬の処理を扱っている産廃業者に電話してみる。「試薬の処分は モノによりけりですけどね。え?臭素1本ですか? うーん、めずらしいですね、そういうの。うちでは数十本単位で受けてますから...あ、いや もちろん1本でも やりますよ。回収費用のほうが高くつきますけど...費用ですか? 処分費¥5,000に回収費¥5,000ですね。え?持ちこむから安くしろ?それは あなたが法律に反しますから いけませんよ。」
まあ、1万円で 取りに来てくれて、処分までやってくれるんだから まいっか。
毒劇物を持ったまま電車などの公共輸送機関には乗れないし、宅配もNG。
自分のクルマで持っていきたいのだが、産廃業者も 薬品は さらにどこかに依託して処分しているらしく、その手間を考えると、持ちこみされたら 利潤がゼロになるんだろう。
どういう法律で 私が持ちこんだら 法律違反になるか釈然としないが、まあ相手もサービス業なんだから 大目にみてやろう。モノは 数日後に取りにくるという。
来たら また いろいろ聞いてやろう。おもしろいことがわかるかもしれない。
●問い合わせフローチャート
揮発性の薬品でない限り、ほとんどの毒劇物は 自分で中和処分できる。
中和の方法は、試薬メーカーに問い合わせれば すぐにデータシートをFAXで送ってくれる。
しかし それは、特定の機材や あらたな試薬の購入が必要になある場合が多いし、どんなプロでも はじめて扱う薬品の操作は かなり慎重になるぐらいだから、慣れない素人がやるのは かえって危険である。
だから、できうる限り 業者に依託したほうがよい。業者は 基本的に薬品の出所を正確に聞かない。
一応 引き取り時に 指定フォーマットの書類にサインをすることになるが、たとえ ヒ素だろうが、青酸カリだろうが、いちいちメーカーにチェックはしない。
むしろ 薬品名が「不明」なときがたいへんで、処理業者は まず分析して・とりあえず 世界中のデータベースにアクセスして 中和法をさがすことになる。
だから たとえ「もらった薬品」(かなり違法)や「盗んできた薬品」(すごく違法)でも、処理を業者に依託するのは「法行為」となり、その部分は フリーパスだ。
どうしても 不安なら、神様に「ごめんなさい」と謝って、パッケージを移しかえるか、ラベルを剥げ!
ヘタに捨てるほうが よっぽど違法で危険な行為なのである。処理機関を問い合わせの順番は次のとおり。
地元の清掃局が扱っているか聞く
(薬品処理をしている自治体もある)→
引取可料金と回収方法を聞いて依託する ↓やってない場合 試薬メーカーに問い合わせる →
引取可料金と回収方法を聞いて依託する ↓やってない場合 産業廃棄物組合に問い合わせる ← (試薬屋を知らない場合) ↓やってない場合 都道府県の薬務衛生部局に問い合わせる もし 薬務衛生部局に到達しても処分できないようであれば、それは その自治体に責任があるから、知事に内容証明の質問状を送り 処分方法について回答をいただこう。
・・・執筆
1999/04頃
Network Diamond Apricot - SOHKA.JSC