DiamondApricot 徒然はるさん 2000/09/01
過去からの逃亡
- なんでおれが逃げなきゃならんの -
私も30歳を過ぎて、いろいろ酸いも甘いも かみわけて...よほどのことがない限り 驚かなくなったはずだが...
ある日、出版社の打ち合わせが深夜まで続き、西武新宿線の終電がなくなってしまった。
しかたないから、その日は 新宿からJR中央線を使い、中野駅から徒歩で帰ることにした。
私の自宅は、そのとき中野区・新井のマンションにあった。
あとちょっとで家...というところで、目の前のコンビニから、カップルが出てきた。
いいなぁ...うらやましいぞ....あれ?あれ?
あの女性は...彼女は....!
少々のことでは、驚かない私。
だが、さすがに、昔 大好きだった女性が、突然目の前に現れたとなると...
この私も動揺する人間だったらしい。
いや、動揺した自分に、もっと動揺したというのが本音だが。
けっして、いまでも引きずっているわけじゃない。と、思う。たぶん。
ただ、いろんなことがアタマによぎった。
彼女とは、最後に大喧嘩して、結局 二度と会うことはなかった。
お互い、連絡先は告げなかったし、互いの友達関係も今では寸断されている。
だから、互いが連絡をとることはもちろん、再会するなんてありえなかった。
でも、東京でも、こんなことあるんだぁ...
ただ...こういう場に適切な、言葉がみつからない。
だが その懸念は無用だった。
年月というものは おそろしいもので、私の風貌は 以前とすっかりかわってるのだろう。
彼女は、私の正面を、私に気がつくことなく横切った。
彼女のとなりには、けっこう男前の男性がいた。
ならんで歩いてゆく二人。
しあわせそうだねぇ。
だが...見送ろうにも、私の家も その方向にある。
私は、かなり歩調をゆっくりにしたが、仲良く歩く恋人同士というものは、他人の迷惑をかえりみないぐらい、歩くのがおそいっ!
んー、はやくいってくれないかなぁ...おれの家は、すぐそこなんだけど...
あれま!
なんと、二人は私の家から わずか50mの近所のマンションに入っていった。
こんな近くに住んでいたのか?
下から見上げると、ちょうど部屋のあかりが点いた。
カーテンは暖色系。しかも彼女の好きだった色だ。
カーテンは固定された趣向を表すし、暖色系は7割の確率で女性だから、おそらく彼女の部屋だろう。
おいおい、こんな近所に住んでいたのか。
この数年、まったく気がつかなかった。
自分に聞いてみる。
なぁ、山崎はるか...こころはざわめいているか?
嫉妬心はあるか?
敵意や悪意はあるか?
..いずれも感じなかった。むしろ暖かくなった。
よしっ!
いまの私は、過去に明確な区切りをつけているようだ。
おとなになったねー、オヤジになったのかもねー。
○○ちゃん、しあわせになってね。
自分がちょっと偉くなったようなきがして、ちょっと気分がよかった。
ニコニコしながら、私も家に戻った。
ところが、そこでふと気がついた。
ちょいまてよ。
近所に住んでいるってことは....それは彼女にとっても、それを知ったら驚くわけで。
彼女の立場からしたら おれストーカーに見えないか?
いや普通なら、そうは思わないだろうけど...
でも実際おれ、元ストーカーで 売れちゃってる面もあるんだし....これって、すごくヤバいんじゃない?
そうでなくても、そういう実績があれば、そう見えるかも。
それにハッカーのオフ会でも「遠くに住んでてほしいNo.1」にされてるし。
(※彼らによると「いやぁ はるかさんが そんなことするワケないってわかってるんだけどさぁ...でも近所に住んでたらなんか電話聞かれてそうな気がするんだよね」というのが理由らしい)
立場上、いまでは ストーカー問題の専門家なんだけど。
いや、だけど、それが、いまでもストーカーやってるってことに されちゃったら...
こいつは コトだぜ!
せっかく、いままで「満員電車」の中では「両手でつり革につかまる」とか、夜道・正面に女性がいたら 道を変えるとか、交差点ではタバコを捨てないとか、必死で犯罪にまきこまれないためのアリバイ作りに励んできたのにさ。
...いや、それなら まだいい。
そもそも、なんで こんなご近所に、彼女が引っ越してきたか。
まさか、オレを狙って...
オレ、なにか、恨みを買うようなことしたんだろうか。
うむ、いろいろあるかもしれんぞ。
なんせかつては、男女だし。
あんまり憶えてないけど。
...おいおい、だんだん物騒になってきたぞ、こりゃ。
彼女の学生時代、私は わずかだが学費を貸し付けたことがあって、その伝票が光磁気ディスクに残っていた。
金額は70万円程度だが、その返済は未だ受けておらず、時効の申し立てもなされていない。
え?あ? 資金援助ってことに ただならぬ雰囲気を感じるかもしれないけど、かこってたわけじゃないからね。あたりまえだけど。
だが、いつのまにか行方をくらました彼女は、最終的に債務が残ったままだ。
まさか...これかぁ?
即行 区役所で現住所の開示を請求し、住民票を取得。
目的は 住民成立日時の確定と、債権放棄のお知らせを通知することだ。
一刻も早く他人であることを宣言し、誤解があればひっこめてもらおう。
おお!
住民票によれば、幸いなことに、私のほうが 彼女よりも、半年早く 中野に住んでいた。
つまり、私が中野に来たあとで、彼女も中野に引っ越してきたわけである。
これで ひとつ、私のほうの疑いが晴れた。(なんの?)
さて今度は、身を守らんといかん。とにかく彼女の目的がわからない。
いや彼女に目的があるのかも わからない。
ヘタに私も専門家なだけに、考え上げると 数十パターンはでてくる。
被疑者・被害者の気持ちが よくわかるよ、まったく。
しかたないから、まず彼女が私をストーキングしてないか、確認することにした。
室内に2ヶ所・玄関に1ヶ所・ベランダに1ヶ所、合計4ヶ所にカメラを設置。
ついでに防弾ジャケットと緊急ブザー。
「はるさん、なんか事件ですか?」
スタッフの きょとんとした目が、痛い。
たしかに物々しいが、背に腹はかえられん。
銀行でも使われるタイムラプスビデオにタイムインサーターを入れて、1週間留守にしてみた。
ううむ、郵便局員と新聞の勧誘以外 来ていない。
ストーカーは、かならず自宅周りの様子を見に来るものだが、再生した映像に、彼女の姿は一度もうつっていなかった。
どうやら、彼女はストーカーではないようだ。
さて、どうすべぇ。
こうなってくると、偶然の線が濃くなってくるぞ。
あっちは、私が「元ストーカー」ってことをテレビとかで知ってるだろうしなぁ
まちがっても、正面きって会っちゃったら、シャレにならんぞ。
ヘタしたら、通報される。
ううう。
オレ、なんで、元ストーカーってテレビで言っちゃったんだろう...いまさらながら、泣けてくる。
自宅から駅まで約10分。往復で20分。
そして、それは彼女もほぼ同じ。
...とくれば。
お互いが 毎日、駅を利用したとして、偶然 出会う確率は1日あたり1/72。
これは単純値だが...
おい!時間をバラけても、72日に1回は会ってしまうってことか?
年間5回かよ!
いままで少なくとも 10回は 正面を通り過ぎたことになる。
...まあ、たしかに通行人の顔なんか、いちいち確かめてないから、気がつかなかったんだろうけど。
知らぬが仏ってこのことかもしれん。
こうなりゃ、駅までのルートと通勤時刻・帰宅時刻をおもいっきりズラすしかないな。
と!これをやるには、彼女の駅までのルートを確定せねばならん。もちろん出勤時刻も。
さっそく、張り込んでデータ収集だ....あれ?
今回、私は被疑者の立場だったかもしれないんだよな?
ってことは...自宅を張り込むというのは、つまり相手を監視してるわけで...おい、これじゃおれストーカーじゃん!
せっかく疑いが ひとつ晴れたところに、疑いを増やすのかよ。
...とほほ。でも、これしかテがない。
スタッフを同行させるわけにはいかないから、たったひとりだ。
ロシア製のイメージインテンシファイア(軍用暗視スコープ)と、望遠サーモセンサーをクルマに装備して、例によってクルマから張り込み。
しかも自分の家から、たった50mの位置で。彼女の家を。蚊に刺されながら。
おれ なにやってるんだろ。
こんなところを警官に職質されたら、まちがいなく引っ張られるよ。
3日間の苦労の末、AM7:40出勤、帰宅は最短PM6:15、遅いとPM9:20ぐらいであることがわかった。
ばっちり私とシンクロしている。よくこれで いままで会わずにすんだものだ。
たぶん、微妙な差が・微妙なバランスをとって、ピンポイントで二人を会わせなかったのだろう。
だからといって、このまま今の生活を変えずにいたら、心労で倒れそうだ。
出勤時刻を変えようにも、社長出勤なんて ホントにやってたら、人心が離れる。
くっそぉ、引っ越すしかないのか。
せっかく、なじんできたところなのになぁ。
つい先日、契約更新料払ったばかりなのになぁ。なんで、おれが逃げなきゃならんの!
...と、思いつつも、翌日、不動産屋に相談し、そこから1Km離れた別の駅前に引越し手続きをすませた。
世の中には、ストーカーに間違われる人たちが、現時点でも かなりの数いるらしい。
にわかには信じられないかもしれないが、私のところには、「ストーカー扱いされ悔しい」「意図的ではないことを証明する方法が無い」...といったメールが、ほとんど毎日のように届く。
ストーカー問題が顕在化したからこそ起きる弊害だ。
専門家の私ですら、「そうじゃないよ!」と主張・証明するために、これだけ苦労した。
...ストーカー対策が法制度化されたあとは、一般の人でも、ストーカー扱いされかねない。
たとえば、近所に被害妄想症の人が住んでいたら、どうする?
あなたは、いつでもストーカーにされる可能性があることを実感することになるだろう。
そこに、その人がいるだけでだ。
(こんなこと言うと、人権屋さんは ぎゃぁぎゃぁいうかもしれんけどな。)
だが、私は、それが実際に起きてしまった瞬間を、二度も、まのあたりにした。
実際に、それで 警察が動いてしまった。
無実の罪でストーカーにされた人が、そうでない!と証明したとき、今度は それを訴えた人(つまり患者)に差別が集まった。
そして、著しい人権問題が 出てきた。
患者は、一層、孤立化することになった。
新たな差別は、そうやって作られるのだ。
ストーカー法ができてしまったおかげで、私の仕事は よりややこしく、より多くなってしまった。
しかも、この法律は ほとんどのストーカーに対して 役に立たない。
あたりまえだ!
現場に臨場する度胸のない者が、「自分以外の誰かがやるだろう」というスタンスで法律を作ると、こういうことになる。
もし彼らがストーカーを自分で捕まえることを前提としたら、こんな法律には けっしてならなかったにちがいない。
まず第一に、現場の警察官の身の安全(特に捜査終了後)と職務権限を保障し、次にストーカーの緊張状態を緩和させることを保障し、最後に被害者の手厚い保護を保障する、という重大テーマがそろっていたはずだ。
このいずれもまったく明記されていない。
一度でも、対策現場に臨場したら、これらがいかに欠かせないか、バカでもわかることだったはずだ。
さらに、もうひとつ大切なことがある。
ストーカー扱いされてしまった者は、その抗弁の余地がどこにも残されていない。
私ですら、「ストーカーと呼ばれないためにとった行動」はストーカーそのものであった。
ものすごく微妙な問題だが、ストーカーでない者に対して 警察署長が「注意」「勧告」を行っても、逮捕・拘留ではないから、なんら問題性が問われることはない。
ただでさえ「おまえはストーカーだ!」と元彼に罵倒されて、泣いている女性(自殺したコもいる)が数多くいるのに、そのうえ司法機関にストーカー扱いされたら どうする。誰が謝る!どうやって詫びる!!
ちなみにこの法案・よく見ると司法による強制力によって、限りなく民事解決を促すものだから、誣告罪はほとんど成立しない。やられ損だ。
そもそも、民事解決を司法が強制していいのか?本当に?
誰かが一生懸命作ったものにケチをつけるのは、最低なことだ。
法律も例外ではない。
私も、こんなことを言うのは はじめてだ。
だが、私は信念と事実を混同しない。だから、言える。
このたび私が述べたことは 現時点で、どこもまちがっていない。すべて、この目で見たことだからだ。
何人たりとも、自分の過去を否定することはできない。
なんだかんだ いろいろ勉強した過去があるから、いまの仕事がある。一生懸命働いた過去があるから、いまの報酬がある。
過去に自分がしっかり生きたからこそ、いま自分は生きているのだ。
ただし、「過去」というものは、少し気を抜くと すぐに我々に追いついてくる。
過去の栄光や 過去の恋人、過去のいさかい...
これらに「こころがとりつかれてしまう瞬間」こそ、過去が いまの自分に追いついたときである。
その結果は、だいたいにしてロクなものを生み出さない。
我々は ひたひたと やってくる自分自身の「過去」に追いつかれないよう、毎日 少しでもいいから 未来に進まねばならぬ。
未来とは、家でゴロ寝したり、アタマで考えるだけでは勝ち取れない。
考えるよりも動くこと。
我々の人生と その未来は、過去との無限の競争であり 戦いであることを理解してほしい。
同時に、これは資本主義社会の根幹思想であり、そこに生まれた 我々の宿命でもある。
したがって、自分だけでなく 社会でも この考えは そのまま適用されることになる。
どこかの時点で過去に追い抜かれ、もはや過去に追いつくことすらできないときがくるかもしれんが、少なくとも それは寿命まぎわぐらいと考えるべきであろう。
私は元ストーカーであるがゆえに、日常生活に気をつけないと、いけない。
はやくも過去に縛られているジャンルがある。だからこそ、このジャンルに全力を尽くす。
どうか みなさん、何かの過去に縛られることがあったら、その過去と真正面に取り組み生きてくれ。
その緊縛のロープは、それを否定することで、より一層自分を苦しめる。
あったことを認め、自分自身を認め、いまの自分が率直に過去と戦うなら、その過去はやがて無力化される。
つらい過去は厳然と存在しても、戦うことで、それがなんだったのか理解でき、無力化され、堂々と 人に話し・誇れる過去にすることができる。
どうかみなさん、過去とは否定するものではない、戦うに充分な相手であることを認識してほしい。
そして過去と戦うには、未来と戦う意思がないと あっというまに未来にも うちのめされてしまうことを知っておいてほしい。
人生とは、過去と未来の両方との戦いなのである。
ところで。
かたくるしいハナシもなんだったが、先のエピソードは、続きがあるんだ、これが。新居に引っ越して、はや半年。
先日、単行本「ストーカーバスター」の原稿を書いてる最中、「ストーカーに狙われやすい部屋」という企画があって、それをもう一度、再検討しなきゃいけなくなった。
そこで、近所のアパートやマンション、一戸建てを、散歩がてら ながめながら、歩いていた。
するとだ!
こともあろうに、私の正面から例の彼女が彼氏と またしても一緒に、歩いてきたのだ!
あわてて隠れて、様子を見てたら...なんと!私のマンションのとなりに入っていくではないかっ!
うげげっ! なんということか、そこが彼氏の家だった。
つまり、こういうカラクリ。
私は、その彼女の近所から逃げてきたのだが、その逃げた先が、彼氏のマンションのとなりだったわけである。誰か、おれの引越し費用 援助してくれないか。もう150万ぐらい突っ込んでると思う。
このままだと、11月の法律施行に突入し、マジでヤバい。
というわけで、また引っ越すことになるからよろしく。>スタッフ
もう、なんでそうまでしなきゃいかんのか、かなり疑問になってきてるけどな。
それから、単行本・ストーカーバスター執筆中。出たら買ってね。