DiamondApricot 徒然はるさん

過去からの逃亡

- なんでおれが逃げなきゃならんの -

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30歳を過ぎて、いろいろ酸いも甘いも あって...よほどのことがない限り 驚かなくなったはずだが...

ある日、出版社の打ち合わせが深夜まで続き、西武新宿線の終電がなくなってしまった。
しかたないから、その日は 新宿からJR中央線を使い、中野駅から徒歩で帰ることにした。
私の自宅は、そのとき中野区・新井のマンションにあった。

 

あとちょっとで家...というところで、目の前のコンビニから、カップルが出てきた。
いいなぁ...うらやましいぞ....あれ?あれ?
あの女性は...彼女は....!

 

さすがに、昔 大好きだった女性が、突然目の前に現れたとなると...
私も動揺する人間だった。

 

いや、動揺した自分に、もっと動揺したというのが本音だが。

けっして、いまでも引きずっているわけじゃない。と、思う。たぶん。
ただ、いろんなことがアタマによぎった。

 

彼女とは、最後に大喧嘩して、結局 二度と会うことはなかった。

お互い、連絡先は告げなかったし、互いの友達関係も今では寸断されている。
だから、互いが連絡をとることはもちろん、再会するなんてありえなかった。

でも、東京でも、こんなことあるんだぁ...
ただ...こういう場に適切な、言葉がみつからない。

 

だが その懸念は無用だった。

年月というものは おそろしいもので、私の風貌は 以前とすっかりかわってるのだろう。
彼女は、私の正面を、私に気がつくことなく横切った。
彼女のとなりには、けっこう男前の男性がいた。

 

ならんで歩いてゆく二人。
しあわせそうだねぇ。
だが...見送ろうにも、私の家も その方向にある。

私は、かなり歩調をゆっくりにしたが、仲良く歩く恋人同士というものは、他人の迷惑をかえりみないぐらい、歩くのがおそいっ!

 

んー、はやくいってくれないかなぁ...おれの家は、すぐそこなんだけど...

あれま!

なんと、二人は私の家から わずか500mの近所のマンションに入っていった。
こんな近くに住んでいたのか?

下から見上げると、ちょうど部屋のあかりが点いた。

カーテンは暖色系。しかも彼女の好きだった色だ。カーテンは固定された趣向を表すし、おそらく彼女の部屋だろう。
おいおい、こんな近所に住んでいたのか。
この数年、まったく気がつかなかった。

 

自分に聞いてみる。
なぁ、山崎はるか...こころはざわめいているか?
嫉妬心はあるか?
敵意や悪意はあるか?

 

..いずれも感じなかった。むしろ暖かくなった。
よしっ!

いまの私は、過去に明確な区切りをつけているようだ。
おとなになったねー、オヤジになったのかもねー。
○○ちゃん、しあわせになってね。

 

自分がちょっと偉くなったようなきがして、ちょっと気分がよかった。
ニコニコしながら、私も家に戻った。

 

ところが、そこでふと気がついた。

ちょいまてよ。
近所に住んでいるってことは....それは彼女にとっても、それを知ったら驚くわけで。
彼女の立場からしたら おれストーカーに見えないか?
いや普通なら、そうは思わないだろうけど...
でも実際おれ、ストーカーで 売れちゃってる面もあるんだし....これって、すごくヤバいんじゃない?
そうでなくても、そういう実績があれば、そう見えるかも。
それにハッカーのオフ会でも「遠くに住んでてほしいNo.1」にされてるし。
※彼らによると「いやぁ はるかさんが そんなことするワケないってわかってるんだけどさぁ...でも近所に住んでたらなんか電話聞かれてそうな気がするんだよね」というのが理由らしい

 

立場上、いまでは ストーカー問題の専門家なんだけど。
いや、だけど、それが、いまでもストーカーやってるってことに されちゃったら...
こいつは コトだぜ!

せっかく、いままで「満員電車」の中では「両手でつり革につかまる」とか、夜道・正面に女性がいたら 道を変えるとか、交差点ではタバコを捨てないとか、必死で犯罪にまきこまれないためのアリバイ作りに励んできたのにさ。

...いや、そもそも、なんで こんなご近所に、彼女が引っ越してきたか。

本当に偶然だろうか。
オレ、なにか、恨みを買うようなことしたんだろうか。
うむ、いろいろあるかもしれんぞ。
なんせかつては、男女だし。
あんまり憶えてないけど。
...おいおい、だんだん物騒になってきたぞ、こりゃ。

 


彼女の学生時代、私は わずかだがお金を用立てたことがあって、その伝票が光磁気ディスクに残っていた。その返済は未だ受けておらず、時効の申し立てもなされていない。
いつのまにか行方をくらました彼女は、最終的に債務が残ったままだ。

ただちに区役所で現住所の開示を請求した。
目的は 住民成立日時の確定と、債権放棄のお知らせを通知することだ。
一刻も早く他人であることを宣言し、誤解があればひっこめてもらおう。

おお!
調査の結果、幸いなことに、私のほうが 彼女よりも、半年早く 中野に住んでいた。
つまり、私が中野に来たあとで、彼女も中野に引っ越してきたわけである。
これで ひとつ、私のほうの疑いが晴れた。(なんの?)

 

さて今度は、身を守らんといかん。とにかく彼女の目的がわからない。
いや彼女に目的があるのかも わからない。
ヘタに私も専門家なだけに、考え上げると 数十パターンはでてくる。
被疑者・被害者の気持ちが よくわかるよ、まったく。
しかたないから、まず彼女が私をストーキングしてないか、確認することにした。

 

室内に2ヶ所・玄関に1ヶ所・ベランダに1ヶ所、合計4ヶ所にカメラを設置。
ついでに防弾ジャケットと緊急ブザー。
「はるさん、なんか事件ですか?」
スタッフの きょとんとした目が、痛い。
たしかに物々しいが、背に腹はかえられん。
銀行でも使われるタイムラプスビデオにタイムインサーターを入れて、1週間留守にしてみた。

ううむ、郵便局員と新聞の勧誘以外 来ていない。
ストーカーは、かならず自宅周りの様子を見に来るものだが、再生した映像に、彼女の姿は一度もうつっていなかった。

どうやら、彼女はストーカーではないようだ。

 

さて、どうすべぇ。
こうなってくると、偶然の線が濃くなってくるぞ。
あっちは、私が「元ストーカー」ってことをテレビとかで知ってるだろうしなぁ
まちがっても、正面きって会っちゃったら、シャレにならんぞ。
ヘタしたら、通報される。
ううう。
オレ、なんで、元ストーカーってテレビで言っちゃったんだろう...いまさらながら、泣けてくる。

 

自宅から駅まで約10分。往復で20分。
そして、それは彼女もほぼ同じ。
...とくれば。
お互いが 毎日、駅を利用したとして、偶然 出会う確率は1日あたり1/72。
これは単純値だが...
おい!時間をバラけても、72日に1回は会ってしまうってことか?
年間5回かよ!
いままで少なくとも 10回は 正面を通り過ぎたことになる。
...まあ、たしかに通行人の顔なんか、いちいち確かめてないから、気がつかなかったんだろうけど。
知らぬが仏ってこのことかもしれん。

 

こうなりゃ、駅までのルートと通勤時刻・帰宅時刻をおもいっきりズラすしかないな。
と!これをやるには、彼女の駅までのルートを確定せねばならん。もちろん出勤時刻も。
さっそく、張り込んでデータ収集だ....あれ?

今回、私は被疑者の立場だったかもしれないんだよな?
ってことは...自宅を張り込むというのは、つまり相手を監視してるわけで...おい、これじゃおれストーカーじゃん!
せっかく疑いが ひとつ晴れたところに、疑いを増やすのかよ。

 

...とほほ。でも、これしかテがない。
スタッフを同行させるわけにはいかないから、たったひとりだ。
ロシア製のNVD(軍用暗視スコープ)と、サーモセンサーをクルマに装備して、例によってクルマから張り込み。
しかも自分の家から、たった500mの位置で。彼女の家を。蚊に刺されながら。
おれ なにやってるんだろ。

こんなところを警官に職質されたら、まちがいなく引っ張られるよ。

 

3日間の苦労の末、AM7:40出勤、帰宅は最短PM6:15、遅いとPM9:20ぐらいであることがわかった。

ばっちり私とシンクロしている。よくこれで いままで会わずにすんだものだ。
たぶん、微妙な差が・微妙なバランスをとって、ピンポイントで二人を会わせなかったのだろう。

彼女も規則正しい性格だったからな。いまもそうなのだろう。こっちも規則正しいと、確率はどうあれ、理論上は永遠に会わない。

 

だからといって、このまま今の生活を変えずにいたら、心労で倒れそうだ。
出勤時刻をもっと大きく変えようにも、社長出勤なんて ホントにやってたら、人心が離れる。
くっそぉ、引っ越すしかないのか。
せっかく、なじんできたところなのになぁ。
つい先日、契約更新料払ったばかりなのになぁ。

なんで、おれが逃げなきゃならんの!
...と、思いつつも、翌日、不動産屋に相談し、そこから1Km離れた別の駅前に引越し手続きをすませた。



 

自分の過去を否定することはできない。何人たりともだ。

なんだかんだ いろいろ勉強した過去があるから、いまの仕事がある。一生懸命働いた過去があるから、いまの報酬がある。

過去に自分がしっかり生きたからこそ、いま自分は生きているのだ。

私はストーカーであるがゆえに、日常生活に気をつけないと、いけない。

はやくも過去に縛られているジャンルがある。

その緊縛のロープは、それを否定することで、より一層自分を苦しめる。

だからこそ、このジャンルに全力を尽くす。

むしろあったことを認め、自分自身を認め、いまの自分が率直に過去と戦うなら、つらい過去は厳然と存在しても、それがなんだったのか理解でき、堂々と 人に話し・誇れる過去にすることができる。

 

さらに一方で、「過去」は、少し気を抜くと すぐに追いついてくる。
過去の栄光や 過去の恋人、過去のいさかい...
これらに「こころがとりつかれてしまう瞬間」こそ、過去が いまの自分に追いついたときだろう。

 

だから毎日 少しでもいいから 未来に進まねばならぬ。

我々の人生と その未来は、過去との無限の競争であり 戦いである。

これは資本主義社会の根幹思想であり、そこに生まれた 我々の宿命でもある。

どこかの時点で過去に追い抜かれ、もはや過去に追いつくことすらできないときがくるかもしれんが、少なくとも それは寿命まぎわぐらいとしたい。

人生とは、ある時点から、過去と未来との両方の戦いなのである。

 


ところで。

かたくるしいハナシもなんだったが、先のエピソードは、後日談があるんだ、これが。

新居に引っ越して、はや半年。
先日、単行本「ストーカーバスター」の原稿を書いてる最中、「ストーカーに狙われやすい部屋」という企画があって、それをもう一度、再検討しなきゃいけなくなった。

そこで、近所のアパートやマンション、一戸建てを、散歩がてら ながめながら、歩いていた。

 

するとだ!
こともあろうに、私の正面から例の彼女が彼氏と またしても一緒に、歩いてきたのだ!
あわてて隠れて、様子を見てたら...なんと!私のマンションのとなりに入っていくではないかっ!
うげげっ! なんということか、そこが彼氏の家だった。

 

つまり、こういうカラクリ。
私は、その彼女の近所から逃げてきたのだが、その逃げた先が、彼氏のマンションのとなりだったわけである。

誰か、おれの引越し費用 援助してくれないか。もう150万ぐらい突っ込んでると思う。
このままだと、11月の法律施行に突入し、マジでヤバい。
というわけで、また引っ越すことになるからよろしく。>スタッフ
もう、なんでそうまでしなきゃいかんのか、かなり疑問になってきてるけどな。

それから、単行本・ストーカーバスター執筆中。出たら買ってね。



「徒然はるさん」