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植物性乳酸菌ラブレの密造(後編)

フェーズ3 ・ そしてジェネリックへ(豆乳からの調製)

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すぐき漬けを食べる

 人類の行動範囲は、食品保存方法に依存する。

移動手段を 産業や機械工業でスピードアップすることはできたとしても、最終的には食料の「消費期限」の範囲でしか人類は行動することができない。
すなわち、人類の移動限界は いつも「食品保存法」と 共にあった。

 人類は、ナマモノを「干す」ことで 長期保存が可能なことを知った。そして、そこからすぐに「塩漬け」を知った。
火が使えるようになると「燻製」をおぼえた。
穀物が生産されるようになると、糖化アルコール発酵によって生じる酢酸を利用した「酢漬け」を知った。
同時に、穀物生産とともに牧畜が盛んになると「乳発酵」を学んだ。
そして 豆類・野菜類を「濃縮」する技法をおぼえた時点で、人類は陸上移動から、大航海時代に歩みを進めることができた。
 人類の行動・発展の歴史は、すべて食品保存技術の発達が深く関与しており、また、そのほとんどに 乳酸菌が介在する。
現在、冷蔵・缶詰・pH調整・真空乾燥技術により、食品保存技術は大きく様変わりをしたが、しかし我々の食文化の多くに、食品保存の歴史が色濃く 反映されている。

 そのひとつに 漬物 がある。外国ではピクルスやサワークラフトともいう。
 たいていの野菜は、大量の塩と一緒に樽につけこむだけで、乳酸菌発酵によって「漬物」にすることができる。
それぐらい、そこらじゅうの植物に、天然乳酸菌が付着しており、植物が弱るのをいつも待っているわけだ。

 その乳酸菌が この世に どれだけ・何種類存在するか、じつのところ、よくわかっていない。
乳酸菌の寿命は数時間であり、しかも多くの乳酸菌は、単体では5〜10℃前後の適温幅でしか生存できない。
運動性もなく胞子も作らない乳酸菌は、温度が変われば、すぐにその温度に適した変異株を発生させて増殖しているのであって、単細胞たる乳酸菌ひとつひとつに さほど順応性はないのである。
たとえば「ヤクルト400」の中には400億の乳酸菌がいるそうだが、この中では 400億分の1の確率の「奇跡」が ほぼ100%発生するわけであり、その奇跡の繰り返しによって、種・属として生きながらえているのが乳酸菌と考えてよいようだ。

 かように、そこらじゅうに、多種多様に混在し、変異しまくってる乳酸菌の中から、どのように選択的に特定の種を増やすかは、ひとえに栄養状態(培地)と温度である。
植物は、その品種によって さまざまな栄養成分を持っているが、いずれであっても、これを塩につけこみ、適度な温度にすれば、その栄養状態と温度に見合った「乳酸菌」の増殖がはじまる。

 その特性を利用した加工食品のひとつが 「すぐき漬け」 である。

晩秋の京都で収穫された、すぐき菜を3日間塩漬け・脱水し、さらに約1週間・嫌気状態で追い漬けをする。
ここまでは、外気温そのままの 普通の「すぐき菜の漬物」であるが、すぐき漬けは ここから 25℃〜35℃の恒温に保たれた「室(むろ)」に入れ、一気に乳酸発酵を促進させる。
このとき、香味付け乳酸菌「ラクトバチルス・ブレビス」が台頭し、すぐき菜漬けは 独特の香りを持つ「すぐき漬け」になる。

 今回 その「すぐき漬け」を、親切な読者さんが 送ってくれた。

・・・最初 「たくあん+野沢菜漬け?」 って感じだったが。
食べてるうちに、徐々に、独特の うまみが 湧き上がってきて、「これ、ちょー  うめーじゃん!!」
ごはんに ばっちり合う。

さすが、江戸時代から「美味」で評判の漬物だけある。

ただ、いまいちラブレ感が すくないなー・・・と思っていたのだが、ちょうど 友人の上野宣氏が 京都に行くというので
「ちょっと 本場で 食べてきてくんない?」
と頼んでみたところ、

『これ、現地では、すげー ラブレっすよー!!』

と返事が返ってきた。
なるほど、ラブレの香味は やはり「生」の状態がいちばん強いらしい。
ちなみに京都では 「ラブレ漬け」というのまで出てるらしい。

ラクトバチルス・ブレビスの商品力、おそるべし。
 


前回からの課題

前述のとおり、乳酸菌は どこにでもいて、特定の条件に見合っていれば、容易に増殖する。
実際、フェーズ1・フェーズ2でも がっつり培養に成功した。
だから、正直 ちょっとなめていたフシがある。

 しかし今回、カゴメ製 「KAGOME 植物性乳酸菌ラブレ」に似たもの・すなわち ジェネリック を作るにあたって、最初に障壁になったのは、「基本培地」すなわち「材料」である。
材料が、誰にでも容易に調達できなければ、あえてメモにする意義はない。

あらためて、「KAGOME 植物性乳酸菌ラブレ」の材料をみてみよう。

無脂乳固形分1.0%ということは、すなわち 無調製豆乳(大豆固形分10%)が 1割程度ということであろうか。
これを基準に考えると、りんご果汁と にんじんエキスで、ほぼ90%ぐらいに考えたほうがよいかもしれない。
たしかに、りんご汁や にんじん汁は 特定の乳酸菌の培養に適した組成をしていることがある。

しかしだ!
市販の りんご果汁やにんじんジュースは、ほとんどが pH3.8〜3.9に調整されている。
これはもともとの素材の特性だけでなく、酸性を保つことによって、保存性を高める意味もある。
 この酸度だと、おそらく L.ブレビスは 活発には増殖できないかもしれない。
水酸化ナトリウム水溶液でpHを再調整する方法も考えられるが、それでは「市販の材料」という点に反する。
つまり りんご汁 や にんじん汁での増殖については、今回は見送らざるをえない。

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もうひとつ問題がある、前回では豆乳の酸化試験は、pH5.1 が最高値であった。
これでは 保存食とはいいがたい。
「作った その日のうちに、“一気飲み”せよ!」
ということになりかねない。

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そこで 私の考えた解決策は、

  1. ラクトバチルスブレビスの増殖だけできればよいのであって、酸凝固(ヨーグルト化)を目指してはいないのだから、市販の調製豆乳を用い、酸凝固直前まで培養する

  2. 上記で製造したブレビス豆乳液を、リンゴ汁他を使って pH調整を行い pH4.5以下にして保存・安定させる

  3. ジェネリックとしての風味付けは、コンビニで買える物で代用する

の3点である。


KAGOME 植物性乳酸菌ラブレ風 ジェネリック飲料の例(レシピ)

このシリーズでは 何度も書いたが・・・
発酵と腐敗は微妙なときがあるので、自己責任原則のうえ 実施してね。
食器類は熱湯消毒・ケガした指では製造を行わないなど、食品衛生上の基本項目・常識は たくさんあるんだけど、ここに そのすべてを書くわけにはいかんので。
 

1.発酵

材料 ・設備

種菌 「KAGOME 植物性乳酸菌ラブレ」80ml 計300ml
豆乳 紀文・調製豆乳(大豆固形分7%以上)220ml
風味 りんごジュース(還元)200ml 計450ml
ポカリスエット200ml
キャロットジュース 50ml (お好み)
装置 タニカ ヨーグルティア
・パイレックス耐熱ビーカー(計量用)
発酵 35℃・10時間
 



調製豆乳とラブレで、35℃・約10時間発酵。
凝固寸前で 分離しはじめる程度。

pH5.2
よくかきまぜる。
2.風味付け

りんごジュース 200ml を混合

味見すると、この時点でも かなり それっぽい。 pH4.6

ポカリスエット 200ml を混合。

 



→ pH4.0


お好みでキャロットジュースを わずかにたらす。(なくてもいい)
できあがり!!

ジンジャー&ライム風味を、ポカリスエットのグレープフルーツ風味が代替して、植物性乳酸菌ラブレ風 ジェネリック飲料 のできあがり。

通常の3倍量を ごきゅごきゅ飲んでも、まだ この2杯分ある。

300ml単価 約¥85
 

〔保存について〕
保存は もちろん 要冷蔵。
なお、このレシピの場合 凝固分が沈殿することがあるので、保存は 大き目のペットボトルに移し替えて、よくふって注げるようにしとくと、かなりいい。

・・・と、ここまで カンタンに書いてはいるけどさ。
レシピ調整に 1ヶ月。
約9リットルの試作ジェネリックラブレ を飲むハメになったわけだよ。

一時は、もうあきらめようかと思った。

カラダや おなかの調子は すこぶる よくなったけどな。

無調製豆乳が調達できる人は

・無調製豆乳220ml
・「KAGOME 植物性乳酸菌ラブレ」80ml  計300ml


を 35℃8時間発酵のうえ、

・パイナップルジュース 700ml

パインラブレ豆乳仕立て にすると かなり濃いラブレが おいしく飲める。
 

 


NG集 (失敗レシピ)

自作派の人には、成功例よりも「失敗例のほうがメタ情報として貴重」だと思うので、ここでいくつかの失敗例を紹介する。
 

1.砂糖液でラブレ増殖

条件:10%の上白糖水溶液300mlを用いて、80mlのラブレを混合し 35℃・10時間。

結果:顕著な変化なし

理由推定:
 乳酸菌培養に必要な アミノ酸・ビタミン(特にB群)の不在

上白糖水溶液 300ml

加温前の pH 5.0

10時間加温後
→ pH4.8 (温度誤差の範囲)
 

2.ポカリスエット+プロテインでラブレ増殖

条件: 1の砂糖水溶液の実験を受けて、各種アミノ酸や糖質を持つポカリスエット220mlと、タンパク質・核酸・ビタミンBのプロテイン20gを培地として 35℃・10時間。

結果:まったく変化なし

理由推定:
 わからん

材料各種まぜあわせて pH4.7

10時間加温後も pH 4.7
 

3.調製豆乳とりんごジュースでラブレ増殖

条件:調製豆乳220ml + ラブレ80ml + リンゴジュース100ml〜250mlで pH5.0に調製し 35℃・12時間。

結果:分離しながらも酸凝固

 本家ラブレよりも ラブレ感たっぷりで、けっこうおいしく飲めるけど、酸度が弱い
ラブレとしては優秀ではあるが、保存食にはなっていない

pH5.0

→ pH4.8
 

4.本家レシピどおりの比率でラブレ増殖 - やってはいけない!

条件: ためしに本家レシピを推定して 35℃・12時間

結果:まったく変化ないどころか、容器にカロチン色・カロチン臭が不着!

のめるけど、ただの混合飲料。やってはいけない!

調製豆乳50ml

りんごジュース200ml

キャロットジュース 100ml

色もちがうし(笑)
 

5.低温発酵でどこまでいけるか(参考)

条件:調製豆乳220ml + ラブレ80ml で 30℃・120時間 (5日間)。

結果:pH4.5 で 安定(プラトー状態)

調製豆乳でもはっきり酸凝固する

pH4.5 に到達した


 

自家培養技術には到達・今後は 菌数カウントが必要だ

今回、一応 ジェネリックの製造までは成功した。

ただ、pHや においだけで、ラブレ菌の増殖状態を推定するには限界がある。
今後は、吸光光度計を用いた菌数測定を1時間毎に行うなど、ちゃんとした実験機材での実証を重ねる必要がある。
いずれやるとして、とりあえず ジェネリックが完成した時点で、ラブレ菌そのものの安定自家培養技術には到達したので、家庭用機材を用いた研究は、このあたりにしておこう。

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 それにしても、本実験で学んだことは、「KAGOME 植物性乳酸菌ラブレ」が製品として いかに優秀であるかということだ。
ラクトバチルス・ブレビスの出す 香味は、単独では おせじにも 「がぶ飲み」できるものではない。
というか のみもの というより「食べ物」の味である。

それを、飲料として市販できる程度まで ティスト調製したばかりか、その結果が ピタリ・ pH3.8 というのは、もはや芸術である。
そこまで やるのがプロなのかと、おそれいった次第だ。
あなどれん、カゴメ! (正確には カゴメラビオ株式会社

・・・でも、挑戦は続けてやる。
 

(2008/1/10・山崎はるか)

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