山崎はるかのメモ
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かくしてもムダだ・言葉でわかる

あなたは高知県人

旧・山崎はるかの世界・付録

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っていうのはね

ある日、大阪弁プロキシというのが仲間内に流行った。このプロキシを通すと、すべてのウェブページが大阪弁に翻訳されてブラウザに表示されるのだ。

「よぉし、オレもやったろ!」

ってわけで、土佐弁プロキシを作ろうとしたことがある。
途中で飽きてやめちゃったけど、その過程において。

東京に住む私は 自分でも気がつかなかった意外な「高知の方言」を発見したのである。

仰天1:母音をハッキリ発音する高知県人

たとえば「公私混同」を 標準語で発音すると「こーしこんどー」となる。
ところが高知県人は「こうしこんどう」と発音する。

「兵力増強」も「へーりょくぞーきょー」ではなく「へいりょくぞうきょう」と、いちいち母音を発音する。

一般的な例では「風の谷のナウシカ」で、ナウシカの声の島本須美さん(高知県出身)の発音を聞くと この特性が明らかであり わかりやすい。

高知県出身の女優・広末涼子さんも「りょーこ」ではなく「りょうこ」である。
本人も「こんにちは、ひろすえりょうこです」と言ってるだろ? ファンのひと! 名前はきっちり呼べよ!
彼女のトークを聞いても、この正確な発音や その名残がよく表れている。見事な高知県人だ。
(彼女に もし仕事で会えたら このネタでいこう)

もちろん、これは 悪いことではなく、高知県出身の俳優・タレント・アーティストが オーディションで勝ち抜ける ひとつの武器である。
無意識レベルで「聞き取りやすい」「ハッキリした しゃべり」と受け取られるからだな。

また高知県在住経験のない俳優が どんなに正確に土佐弁をしゃべろうとしても、いまひとつ高知県人に不自然に聞こえるときは、この「母音の発音」をしていないのが理由かもしれない。

仰天2:「水がまけた」

この「(液体が)まけた」「(液体が)まける」という用法が、高知の方言であることを知らない高知県出身者は あまりにも多い。
他県の方は びっくりだろうけどね。

そんな人に言ってやろう。これは「水がこぼれた」と訳すのである。

私も東京にきて、5年間気がつかなかった。
無理もなかろう。「水を撒く」という用法が標準語にあるからね。
一応 意味は通じるらしいが「かわいらしい言い方するね」と言われてしまう。

なお これらは、粉体・粒体など、「かっぷ・おぶ・こーひー」のように容器がなければ固定・定量できない物質が 散乱した場合 すべてに使用できる便利な土佐弁である。
このような英語的特徴は 土佐弁の随所に見られる。

標準語:バケツの水がまけた。→バケツの水を散布することに成功した

土佐弁:バケツの水がまけた。→(それを意図しないのに)バケツの水が散乱・あるいはあふれ出た

「ビールが まけちゃったねー」と 東京弁風に言われたら、高知県人は 絶対にそれがヘンだとは気がつかないのだ

仰天3:「クルマがひしゃげた」

これは「拉げる」と書き ぺっちゃんこになる・へこむという意味である。

「クルマのバンパーが ひしゃげたぜよ」
というように使う。
立派な標準語で 自動詞として小さな辞書にも載っているぐらいだが、高知の「ひしゃげる」は 微妙なニュアンスを含んでいる。

役に立つかも知れない土佐弁講座 の武内さんより「僕が住んでいたところでは、クルマの場合『クルマがつえた』と言います」と、ご意見をいただいた。感謝

これは非常によい問いである。
クルマに限らず、建物であっても「つえた」という用法を高知県人は よく使う。
そして「つえた」と「ひしゃげた」は、かなり意味が接近している。

これについて、述べておこう。
このどちらを使うかは、それが「致命的」であるか・そうでないかで、選択する。
たとえば、クルマの場合「つえたクルマ」は自走不可能であるが、「ひしゃげたクルマ」は走行できる可能性がある。
同じく、建物の場合「つえた家」は 完全に倒壊した建物をあらわすが、「ひしゃげた家」は 半壊・あるいは歪んだ建物をあらわす。

土佐弁は、状況や相(アスペクト)を非常に重要視する方言であるから、状態を表す言葉は慎重に選択する必要がある。

仰天4:高知県人は「が」を「ぐぁ」と発音することがある

「蚊がとびゆう」 と 「加賀まりこ」
それぞれにでてくる “が”音 の読み方は、高知県人は異なる。

前者は ネイティブだと 「かぐぁとびゆう」と 発音する。
ぐあ じゃなく 、「ぐわ」の連声で「ぐぁ」 と、1音で読むため 気がつかないこともある。
・・・ なので、この法則は、ネイティブ高知人には なにいってんだか わからないかもしれない。
(「が」は「が」だよと言われそうだ)
だけど、他県の人には「あれ?」と気づく人がいるだろう。

例を述べる。
格助詞的用法については後述するが、仮に
標準語 「人と会うのが楽しい」→土佐弁「人と会うがが楽しい」
と変換した場合、
土佐弁格助詞の「が」は ぐぁ と発音するため、「人と会うぐぁが」になる、といえばわかるだろうか。

行先を訪ねる「どこいくがー?」は、高知県以外の人にとっては「どこいく ぐぁー?」に聞こえてしまうことが多いだろう。
特に格助詞的用法の「が」で この発音傾向が出る。

そもそも 日本国内は ガ行発音に「ga発音(破裂)」と「hga発音(鼻濁)」があるのだが、ある辞典では 高知県だけは 例外的に「ンガ発音」とされている。
しかし 正確には これも誤りで、「ぐぁが発音」と解釈するのが 実態に則している。

仰天5:高知県人は「ぢ」と「じ」・「づ」と「ず」を発音で分ける

これは作家・故 司馬遼太郎さんがおっしゃっていて「にゃるほどー!」と思っちゃったことである。
高知県人は「ぢ」と「じ」・「づ」と「ず」を発音で分けるのだ。

前歯を上下そろえて、「ぢ」と「づ」。
奥歯を噛みぎみに、「じ」と「ず」。標準語はこれに近い。
「ぢ」「づ」に関しては、舌を上の歯の裏に軽くつけてから発音すると なお正確。
「じ」「ず」は 発音時のクチの形状をはっきり・大きくするとよい。
ちなみに 標準語は どれも奥歯を噛み気味に 舌を下の歯に触れ気味に すべて同じように発音する。

信じられないだろうが、「ぢ」「じ」「づ」「ず」は 高知県人にとって まったく別の音声なのである。
最近は、さすがにテレビのアナウンサーの影響・核家族化などもあって 言い分けられない・聞き分けられない人が増えているらしいが、年配の人なら ほぼまちがいなく、正確に発音・聞き取ることができる。

仰天6:土佐弁には完了形が存在する

私の文化人類学的フィールドワークの結果(住んでただけなんだけど)では。
土佐弁は文法レベルの方言である。!!
しかも 非常に「時制」が複雑である。
なかでも日本語なのに「現在完了」「過去完了」が存在するという事実は、もはや土佐弁が日本語に納まっていないことを証明しており、標準語に翻訳することが困難な理由のひとつである。
凡例として、これは友人の高校教師が推薦するのだが、「雨がふっちゅう」という明確な現在完了形が存在する。


たとえば 人が室内コンサートなど外界と遮断された場所に入り、直後 雨が降り始め、そのことに観客は気がつかなかったとする。
そして、コンサート終了直前に 雨がやんだ場合、観客が外に出たとき
「いやー 雨がふっちゅぅ!」
「ほんまやー、雨がふりよったがやー!」

と 口々に使用される。(前者は現在完了形・後者は過去完了進行形)


これが 土佐弁の「完了形」である。
「~ちゅう」は現在完了形。過去完了形は「~ちょった」。
現在の日本語に完了形はない、と言われるが土佐弁にはあるのだ!

「見た」は過去形、「見よった」(見ていた)は過去進行形、「見ちょった」は過去完了形である。
「見ちゅう」「見よった」「見ちょった」とおぼえよう。

ただし この「~ちゅう」も「生きちゅう」のように 自動詞にかかった場合は、現在進行形として「生きている」と訳さねばならないから要注意だ。
「~ちゅう」が動詞を現在完了にするのは、他動詞に対してなのである。
「ビルディング」が、なぜか完成した後も「ビルディング」と進行形で呼び続けられるように 例外はあるもんだ。

これらは初心者には難しいし・わかりにくい。
いちいち 自動詞だか・他動詞だか わかんねーよという方には、強引に過去完了進行形にする「~よったが」を参考にしていただきたい。

She had been waiting for an hour when I arrived.

※標準語:僕がそこに着いたときには、あの子はすでに1時間も待ち続けてた後だったよ。

※土佐弁:いったら あいたぁ 1時間も待ちよりよったが。

これを「~よった」で止めると、過去進行形になる。

さて。「雨がふっちょった」(過去完了形)を、標準語に翻訳すると 最も近いのは「雨がふっていた」になるが、日本語の過去形は時節の区切りが現在まで到達するため、これだと「今まで継続して降り続いていた」という意味にもなる。
だからといって「雨が降り終わっていた」とするのは 日本語としてヘンだから、ギリギリ「雨がやんでいた」と訳することになる。

ところが これだと開始時点が明確でない。
過去完了形とは「大過去の開始・過去の終了」がひとつの言葉で言い表せなければならない。
事実 「雨がふっちょった」は、この過去完了の条件を完全に満たす言葉なのだ。

しかたないから「雨が降り始めて・そして気がついたときには雨がやんでいた」になる。
ううむ、ここにも 土佐弁の英語的特徴がうかがえる。

ちなみに この雨に関しての土佐弁は ほかにもいろいろある。
雨がいった」(雨がやむの現在完了)や「明日 雨がくる」(未来における現在時制の進行形)など、もお 何語なんだか、わけがわかんねー。
これ以上は かんべんしてくれ。

時制の例

雨が降った (過去形)
雨が降りよった(過去進行形)
雨が降っちょった(過去完了形)
雨が降りよったが(過去完了進行形)

雨が降る(現在形)
雨が降りゆう(進行形)
雨が降っちゅう (現在完了形)
雨が降るろう(未来形)
雨が降りよるろう(未来進行形)
本を読んだ (過去形)
本を読みよった(過去進行形)
本を読んぢょった(過去完了形)
本を読みよったが(過去完了進行形)

本を読む(現在形)
本を読みゆう(進行形)
本を読んぢゅう (現在完了形)
本を読むろう(未来形)
本を読みよるろう(未来進行形)

※これらの末尾に「で」や「ぜ」をつけると口語体になるのも土佐弁の特徴である

不思議な助動詞

「ぜよ」は勧誘的催促的命令形・「ちや」は強い完了決定・「きに」は未然形。
やたらめったら、「ぜよ」や「ちや」をつければ 土佐弁になるというものではない。

「おまんら、ナメたらいかんぜよ」
は 代表的土佐弁で まことに正確な用法であるが、「ぜよ」の一般的用法としては 非常に特殊な例である。

「ぜよ」「ちや」「きに」は口語用の万能助動詞であるが、それは イントネーション(話中の声の上がり下がり)を正確に使用すればである。
ここにも時制が強く表れる。
しかも現在か過去かで変化する。
さらに難しいのは、それら「ぜよ」と「ちや」の 語尾を上げ↑・下げ↓することによって主語を代用しなければならないことなのだ。これは ロシア語か!。
主語を つけた場合は、さらに その主語の人称・性別・時制・てにをはの有無で高低アクセントを あわせなければならない。
その複雑さは 次の通り。

【基本形】
(自分が)テレビをつけちゃうよ?→テレビをつけるぜよ↑
(他人が)テレビをつけちゃったよ→テレビをつけたちや↑
(すでに)テレビはつけてるってば→テレビはつけたちや↓
(強引に自分が)テレビをつけちゃうからね?→テレビをつけるきに↓
【男性差】
ぜよ・ちや・きに
(自分が)テレビをつけました→テレビをつけたぜよ↑
(自分が)テレビをつけちゃったよ→テレビをつけたぜよ↓
【女性差】
ぞね・ちや・きに
(自分が)テレビをつけました→テレビをつけたぞね↑(つけたきに↓)
(自分が)テレビをつけちゃったよ→テレビをつけたちや↓

ご覧の通り、性差部分では たったひとつの用例でも、自分が意図した・意図しない で助動詞が異なるのである。
これらの 極めて ややこしい用法・用例を 高知県人は、正確に使い分け・そして聞き分けている。

即席土佐弁・誰でも土佐弁

この複雑怪奇な 土佐弁において 唯一・救いなのは「ていねい語」だけは、標準語をアレンジして行うのが高知県のならわしであることだ。
これがかなり カンタンで、格助詞の「の」を「が」に変えればよいだけである。
(私の土佐弁プロキシもここからアプローチしようとしたぐらいだ)
これさえ憶えれば もう高知に転勤になっても 営業に困ることはない。

【格助詞「の」を「が」に置き換え】 これだけ憶えれば 即OK!

例:どこ行くの?→どこ行くが?
例:どうしてなの?→どうしてなが?
応用:どちらまで 行かれるのですか?→どちらまで 行かれるがですか?
返答:帯屋町へ店の手伝いに行くのです。→帯屋町へ店の手伝いに行くがです。

【格助詞「の」が、変形後「が」にかかる場合】

凡例1:クスリを飲むのがつらい→クスリを飲むががつらい
これでもよいが、「~がが」となる場合は「~がぁ」と発音したほうが よりネィティブだ。

凡例2:クスリを飲むのがつらい→クスリを飲むがぁつらい

なお この 「~がぁ」は、仰天4 で述べた「~ぐぁが」を省略して連声にしたものなので、「~ぐぁあ」が より近い。

これが 言えるようになれば いよいよ 土佐弁ネイティブスピーカーである。

【その他の「が」土佐連用形】

~なら→がなら 例:生きるなら→生きるがなら やるなら→やるがなら

~には→がには 例:取るには→取るがには 行くには→行くがには

子供に恥をかかせないための事前教育

もし転勤などで 家族ごと高知に転入した場合。
お子様方に「ぐ・ぱあジャンケン」に関して、次のことを国際教育しておくことを忘れないでいただきたい。

標準呼称:「ぐっぱぁ・ぐっぱぁ・じゃんけんぽん」(あ、ぽん)(ぽん)
関東地区:「ぐっ・ぱぁ・じゃん!」(じゃん!)(じゃん!!)
高知県人:「グとパの そろいぞね!」(ぞーね!)(ぞおーね!)(ね!)(ね!)

これさえ憶えれば お子様が 浮いていじめられる可能性は低い。

富山県:「ぐー・とー・ぱー!!」(ぐー・とー・ぱー)(ぐー・とー・ぱー) 東京都・I.Sさんより
愛知県:「ぐっぱで・じゃんけん・じゃんけんぽん 」 愛知県・H.Iさんより
大阪(河内弁エリア):「ぐっぱで・ほー・ほー・ほっ!!」(ほっ!)(ほっ!!) 大阪府・M.Mさんより
兵庫県:「うらおもて!!」(てってのて!)(てっ!) 東京都・K.Kさんより

「ら抜き」言葉は、高知ではあたりまえ

最近、若者の「言葉の乱れ」と称して、「ら抜き」言葉が問題視されている。

「ら抜き」言葉とは、

○正しい標準語「このおかず食べられるかな?」→×「このおかず食べれるかな?」

というふうに、可能を示す助動詞「られる」ではなく「れる」を使ってしまう風潮のことである。

つまり、正しい標準語としては このように使え、ということである。

<標準語>

ワニを食べることは可能である。

ワニは食べられる。

ワニに食われてしまう。

ワニに食べられる。

だが、高知県出身の私からすると、この標準語の使い方自体がヘン。
高知県では「ら抜き言葉」が正当な土佐弁だからだ。

<土佐弁>

ワニを食べることは可能である。

ワニは食べれる

ワニに食われてしまう。

ワニに食べられる。

土佐弁では

助動詞「れる」は可能だけを表し、

助動詞「られる」は受身・尊敬にのみ用いられる。


日本語としては、土佐弁のように、アスペクトによって、言葉を変えるほうが 自然である。
むしろ両方に「られる」を使う標準語のほうが まちがっている。

-

そもそも、「られる」は、可能を表す言葉ではない。
明治時代以前は、「打ち消し」に伴う助動詞として使うのが本来の姿であり、

  荷物を持ってこられない(こられず)

といった用法だけが、正しかった。つまり 可能を表す言葉としては使われなかった。

ところが明治時代から、打ち消し「~ない」「~ず」を「~る」にかえて、「可能」を表す言葉に変えてしまった人たち(新聞など)がいて、これが 現在の「~られる」になっている。

私からすると、こっちのほうが よっぽど「言葉が乱れてる」。
  
また「られる」は 他動詞につけば、複雑怪奇な助動詞に変化し、
  人質に逃げられる
  社長に目をかけられる
など、わけのわからん「接尾語」のような用いられ方もする。

おっと、これで思い出した。
いくら土佐弁でも「受身+可能」で「用いれる」などとは使わないからな。
「用いられる」が正しい。

「自発+可能」で「用いれる」とするのは、土佐弁では可能だが、一般的ではない。

ちなみに「可能」を示す助動詞に「~れる」を、正しい言葉として使うのは、国内では 静岡県浜松市・焼津市一帯と土佐弁ぐらいである。
(「ちびまるこちゃん」の原作にも 「~れる」があったような気がする)

だが、静岡・高知の「方言」が 全国に広まったとすれば、それは静岡県と高知県の勝利と言えよう。
世界征服の日も近い。

若者限定か?「昨日 ○○したがってー」

大阪の大学で言語学を専攻している、安岡さんから 次のようなメールをいただいた。 (2001年当時)

ひとつだけ気になる土佐弁があります。
それは、人に「こんなことをしたんですよ」と初めて伝える時に、
「わたし、○○したがって~。」
という言いかたです。
若者限定のような気がするのですが、いかがでしょう。
友人は、こういう言いかたをしたら親に注意されたとのことです。

これは、よい問いである。

標準語:弟が 映画を見たがってぇ。 → 弟は 映画を見たくてたまらない

土佐弁:弟が 映画を見たがってぇ。 → 弟が 映画を見たんだよ

結論から言うと、これは若者に限らず「土佐弁」である。

「~がって」は 土佐弁の 格助詞であり、標準語での「が」「の」と同様 連体修飾語として使われる。

たとえば「わたし、○○したがって~」は、標準語(口語)に訳すと
「わたし、○○したの~」
と言い換えられことになる。
この標準語を土佐弁に戻すには、格助詞「の」を、「が」に変更するだけなので
「わたし、○○したがー。それでねぇ...」
(※語尾のアクセントを平坦にする)

おおっ、ネイティブだ。
こうすれば 一般的な土佐弁になる。誰にも文句は言われない。
ただし、かなり なれなれしいでしょ?

お友達は 土佐弁の用法的なまちがいを指摘されたというより、「なれなれしい言葉遣い」「くだけすぎた土佐弁を使いすぎている」ことに対して注意されたのかもしれない。

-

もともとは 次の土佐弁がある。
(例)標準語「見ていたんだ」→土佐弁「見よったがって」

分解すると「見よったが - って」である。
つまり、土佐弁完了形「~よったが」(この場合は過去完了進行形)に 、「って」が助動詞的につながっているのである。

ただ、「って」を助動詞的に使うなら、
土佐弁の助動詞では「~やき」。(→見よったが - やき
幡多弁の助動詞では「~よぉ」 が、ネィティブだ。

標準語:ゆうべ 星が見えたんだよ。

土佐弁:ゆうべ星が見えたがやきぃ。

幡多弁:ゆうべ星が見えたがよぉ。

(過去完了進行形)

土佐弁:ゆうべ星が見えよったがやきぃ。

幡多弁:ゆうべ星が見えよったがよぉ。


なお、西は須崎市~東は高知市・南国市ぐらいまでは この用法が ごっちゃになっている。

さらに 東になると、そもそも格助詞を助動詞的に使う地域になるため、奈半利町や馬路村ぐらいになると 「自分に対して命令形を使っている」ように聞こえるかもしれん。

加えて、高知県中央部(吾川郡伊野町)から東においては、「~たがって」が格助詞ではなく「助動詞」の「~がって」として受け止められるようになり、体言の如何によらず、現在形として用いられる場合は、「命令形」に変化する。
これは 危険だ!

(例) いま見るがって!→(いま見るんだよ!)

現在形として「~がって」を多用すると、古い人とはケンカになるかもしれん。
あくまで 「~よったが」(過去完了進行形)のオプションとしての用法に限定すべきだろう。
最悪でも、過去形として使うべきである。

音韻上、危険性の高い「方言」

標準語で聞くと危険

(土佐弁)おまん、このあいだ、なにしよったぜよ。
→ きみ、この前 何してたんだ?

高知県人が聞くと 特に危険

(福井弁) じいちゃん、ばあちゃん、はよしね  (じいさん ばあさん はやくしようよ)
→ 標準語でも あぶないと思うが、福井弁の「はよしね」(はやくしろ)と土佐弁の「はよしね」(今すぐ死ね)はイントネーション・アクセンント共に まったく同じであるため、究極の一触即発用語である。

言語交流圏  (2001/03/02)

現在、普通に使われている土佐弁の特徴をみると、方言の輸出入があると思われる。
また、この言葉によって、奇妙なライバル意識も生じていることを見逃せない。

高知県の言語交流圏


(土佐弁) 大阪・名古屋・福岡
例 :名古屋弁の「 いごく(動く)」・「~ことない?(~じゃない?)」・お金を「こわす」・喫茶店の「モーニング」の意味・内容
例 :博多弁の「よー」(ちゃんと聞きよー・読みよー)・「くらぁす(なぐる)」

(幡多弁) 愛媛・大分・福岡
例:「げに」と「げな」、や 多数のイントネーション

ライバル視

「東京」

東京弁をしゃべるヤツがいると、高知県人は かなり排他的な気分になる人が多い。
(しかも、たいていの場合「大阪弁」で対抗するヤツがいる)
なんでだ?
他の方言なら許されて、東京弁がダメなのは すげームカつく!(←ってこんなことを言うと、高知県人はさらに怒る)

また、隣県である香川県・徳島県に対して 奇妙な「区別感」を持っており、共通する「方言」がほとんどないのも不思議。

おしまいに

一応 ライター・作家として10年 ゴハンを食べてきた経験・感覚のうえで「土佐弁」の特徴を書いた。
もちろん 言語学専攻の大学生が 厳密なフィールドワークを行えば、もっと素晴らしい「文法」や「相」「体」を発見するだろう。
高知には2種類の方言が存在し(土佐弁・幡多弁)それらは 東京弁や標準語と 常にミックスされ変化する。ここに書かれていることが 永遠に・絶対に正しいとは言えない。
私も 他に発見したら 折りを見て、このページに追加して行く。

ま、ここにあるのは 旅行やフィールドワークの「こころがまえ」ぐらいに考えてくれたまえ。若人たちよ。

(1999/05/06・山崎はるか)
デザイン変更/時制の用例の誤りを訂正/個人情報に関する内容を修正:2015/02/19
スマホ表示対応:2017/02/07


土佐弁リンク

日本のふるさとことば集成 第17巻・高知県高知市

...国立国語研究所の発刊する方言本のサンプル集です。会話としての土佐弁が聞けます。5ページありますので最後まで読んで(聞いて)みてください。

土佐の方言・土佐弁講座...Web高知の中にあります。AUで発音が聞けますよ!(相互リンク)

土佐弁コンバータ「よさこい龍馬」...標準語(敬語・または口語体)を土佐弁に変換してくれます。HP翻訳版もあります。 

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